哲学・戦略の時代の到来
以前紹介したことのある北京大、アモイ大学、精華大などの教授をされている中国人の先生の話である。最近の中国は、これからの国家、経済の発展のために、ミサイルによる防衛力の強化よりももっと重要なことをやり始めているという。
中国は18世紀ごろまでは、中華民国、中華帝国として、国家としても、技術、文明、哲学、思想としても世界の先端をいっていたといわれている。歴史家アンガス・マディソンによると、1820年ころは中国とインドだけで世界の生産の半分を占めていたほどである。
しかし18世紀の後半から、西洋の科学、産業革命に押され、西洋諸国の植民地化にされ、アヘンにより、国民が思考停止にされてしまった。
今やっと中国は自分の頭でもの考える時代になった。だがそれを大変驚異的なことで展開しようとしている。その先生が北京大学に招聘されたのは2004年であるが、アメリカに留学していた中国のエリートが国に帰り、これからの中国は何を基準にして進まなければならなかを、世界の経済の歴史を研究されているその先生をはじめ世界の先生に聞き、これからの中国のあり方を探り出したということである。
特にその先生のアメリカの見方は、1980年ころからゴールドマンサックス、ロスチャイルドなどのユダヤ系の金融機関の人材が政界に入ることにより、アメリカの戦略が変わってきた。これは孫子の兵法に通じるものであるという。
そこで北京では、特に北京大学を中心にして、中国のこれからの指導層を「孫子の兵法」で教育し、他の都市では大衆を論語で教育することを始めた。指導層と大衆の考え方を分けて、統治しようとしている。つまり「孫子の兵法」と「論語」を両手にもってこのグローバル社会を乗り切っていこうということである。
所詮は、北京と他の都市という区分は不可能と思うが、その「孫子の兵法」「論語」の両方を弁証的に統合しようとしている中国の新しい国家戦略である。
孫子の兵法は「戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」というので知られているが、これから中国は更にこうした戦略で世界の荒波を乗り越えんとしている。特にこれからアメリカとの確執にどう切り込むかを考えているのであろう。
ところが日本はどうだろう。日本では、昔から「孫子の兵法」を忌み嫌らってきた。特に政界、官界ではこれを封じてきた。しかし孫子の兵法を著した呉の将軍であった孫武は、戦争を簡単に起こすことを戒めた。つまり負ける戦争はやってはならないし、戦わずして勝つことを考えていた。これは産業界のビジネスの世界でも極めて重要なことで、日本は、国としても、産業界としてもこれにたいして無配慮であり、大変無防備であったといわなければならない。第二次大戦はその典型的な例であり、グローバル社会に対する現在の日本の産業活動も、このことの無防備さが現れている。
しかし長州の吉田松陰は、つとにこのことを悟り、毛利公に進言している。松陰は、常に戦わずして勝つことを考えた。その後の日本を見て、嘆いているのであろう。
日本も、今これからどういう考えで、戦略で、これからのグローバル社会の波を乗り越えてゆくべきか、真剣に考えなければならないということである。日本の戦後からの『思考停止』をそろそろやめなければならない時がきた。
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